初雪に子の足跡を思い出す

地獄の底であなたを待つよ

受験と毒親

今週のお題「試験の思い出」

大学受験をきっかけに、僕はうつ病になった。もし高校三年生の時に、現役合格していれば、きっとうつ病にはならなかっただろう。しかし、僕は全ての受験で落ちた。

父には「浪人する」か「今すぐ家を出ていく」か、どちらかを選べ、と言われた。

僕の心臓は張り裂けそうであった。大学受験の勉強しかしていない僕が、社会で生きていけるだろうか。焦った。しかし、心の中で、ホッとした自分もいた。そうか、今家を出れば、もうこの家から解放されるのか。僕は頭が悪い。だからきっと、何度受験をしたって、失敗するに決まっている。こんな家なんかすぐにでも出ていって、野垂れ死にしてやる。僕はそう思ったのだ。

そして、浪人か勘当か、選択を迫る父に言った。

わかった。この家を出ていく。だけどその前に、精神科に行かせてほしい。うつ病かもしれないんだ。あくまでネットのサイトの診断だけど。だから精神科に行って、自分の病気についてお医者さんから話を聞いて、それから出ていく。必ず出ていくから、もう少しだけ待ってほしい。

僕がそう言うと、父がうろたえた。「精神科は危ない場所」という認識の人が、父の世代には多い。そして母を責める。「お前がちゃんと育てなかったせいだ!」

父はいつも責任を取らない。大口を叩くが、いざとなったら雲隠れして、誰かに罪をなすりつける。この時は母を悪者扱いしていた。母は泣いた。地獄絵図だった。一向に自分の非を認めない父と、責められてすすり泣く母。なんでこの夫婦は、僕を産んだのだろう。

そして、父によって「ヤバい奴認定」された僕は、父の命令で家から出ることを禁止して、なし崩し的に、僕は浪人することが決まった。別に大学なんか行きたいと思わなかったが、父はとにかく浪人するように言った。

そりゃ精神異常者を外に出すわけにはいかないよな。人を殺したら大変だし。まあ殺すとしたら、真っ先に父を殺すけど。僕は両親から「温もり」をもらったことがない。父は僕を殴る。母は父に殴られたことを僕に打ち明け、同情をさせる。ごめんね。僕がいるせいで離婚できないんだよね。一緒に自殺することも考えたっけ。僕は母のカウンセラーのような役割をしていた。

あれからもう十年か。時の流れの早さを実感しつつも、浪人か勘当かを迫った父の顔を、「父ちゃんね、生活費を渡してくれないの。だからどうか生活費を渡してほしいってたのんだら、土下座しろって言われたの。だから昨日、父ちゃんに土下座した」と言った母の死にそうな顔を、忘れることができないでいる。十年経っても、消えない記憶は存在するのだ。

そして、現役の時には落ちた大学にリベンジを挑み、僕は合格した。合格を知ったその時は、疲労感でぐったりしていた。

これが、僕の試験の思い出である。ちなみに、そうやって苦労して大学に入ったわけではあるが、受験勉強で覚えた知識を使うことはほとんどなく、学歴なんて何の役にも立たない。受験生のみなさん、たとえ落ちても、あなたたちは大丈夫だ。できるだけ気楽に、試験に挑んでほしい。