今週のお題「かける」
時間をかける必要があると、最近は思う。
僕の心はズタズタになって生傷ばかりで、これ以上頑張ることができないくらいに疲れ果てて、不安ばかりが膨らんで、生きていくのがつらい。
前職のトラウマなのか、仕事を始めたら、またあの苦しい思いをするのではないかと思うと、苦しくなる。もう精神的に限界で、もう死にたいと思う。こんなに頭が苦しみや不安でいっぱいになるくらいなら、もういっそ死んで楽になりたいと思う。
しかし、自殺というものは難しく、今もまだ、死ねないでいる。こんな自分に、明るい未来なんてあるのだろうか。どうしても想像できなくて、可能なら今すぐ、こんな自分を消してしまいと思う。こんな傷だらけの心で、生きていくことなんて、できるのだろうか。
死ねない。だから生きねばならない。生きていく。だから、そのために、時間をかける必要があると、今は思っている。
それは心の傷を癒すための、今までの人生で溜まった疲れを取るための、そんな時間が自分には必要だと、今は思っているのだ。
振り返れば、たくさんの傷を心に負ってきた。家ではDVが当たり前で、小学校ではいじめられていた。この環境を抜け出すためには、ちゃんと大学を卒業して、正社員になって、実家を出て一人で生活できるようになるしかない。だから頑張って、いつも勉強していた。同級生たちが遊びに行くのを、うらやましいと思いながら、でも自分は勉強をしなければならないと思って、遊びたいのを我慢して、ずっと勉強をしていた。
孤独だった。でも自分が孤独であることを認めたら、なんだか弱い人間になってしまいそうになって、心が折れてしまいそうで、受け入れることができなかった。もう一体、いつ頃から傷付いてきたのかが思い出せない。ずっと苦しくて、それをこらえることで精いっぱいだった。そして今、もう限界になって、生きることをやめたくなってしまった。今死ぬことができたら、どれほど嬉しいことか。
だから、時間をかけて、自分に向き合わねばならない。
これから先、どうしたいのか。いや、先のことなんて考えられない。ならば、今この瞬間、自分は何がしたいのか。それを考えてみる。何もしたくないなら、徹底的に何もしない。それでいいのではないか。最近はそう思う。
数えきれないほど、傷付いてきた。だから時間をかけて、その傷を癒したい。傷を癒すためには、どうしても時間がかかるのだ。その時間をかける覚悟が、自分にはできなかった。働いて収入を得なければならない。いつまでもニートではいられない。そのことを承知の上で、それでも時間をかけて、ゆっくりと過ごしていたい。それが今の僕がしたいと思うことだ。
未来のために、今を犠牲にする。その考え方は嫌いだ。
立ち直るには時間がかかる。それを受け入れて、今の自分がしたいことをする。時間をかけて、ゆっくりと。それは怖い。でも動けないのだから仕方ない。時間をかけて、生きたいと思えるようになりたい。長い時間がかかるだろう。それでも、僕は自分の気持ちを大切にしたい。今を大切にしたい。「今」という、その瞬間の延長線上に、もう一度働いている自分がいると思うのだ。